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睡眠の悩み

岡田尊司『人はなぜ眠れないか』より


第一章 もっとも多くの人が悩む病 不眠症

 人は人生の三分の一を眠って過ごす。それほど、睡眠は人生の大きな部分を占めるが、この睡眠の問題で悩む人も多く、日本人の五人に一人が不眠に苦しみ、三分の一が、何らかの睡眠障害を抱えているとも言われる。

 一部の睡眠障害は、生活面にも健康面にも、非常に重大な支障を生じ、また不眠が、重大な疾患のサインであることも少なくないが、そのことを、単に「眠れないだけ」と片付けて、我慢してしまうことも多い。早期に手当てしていれば、速やかに改善できたケースでも、睡眠障害が続くうちに、症状が悪化・進行してしまうという場合も少なくない。

 睡眠時間は、喫煙や運動、血圧やコレステロールといった生活習慣病の原因よりも、死亡率と強い関連を示す。睡眠習慣は、健康維持と長寿にとっても、とても大切な生活習慣なのである。睡眠時間が短すぎても、長すぎても、死亡率は高くなり、もっとも死亡率が低かったのは、八時間前後眠る人たちであった。多くの現代人は、それに比べると睡眠時間が短すぎ、睡眠を削ることで、命を縮めていると言っても過言ではない。

 不眠症の人では、せっかく寝床に横になっていても、良く眠れないという睡眠効率の悪さのため、実質的な睡眠が少なくなるだけでなく、時間も無駄にしている。忙しい現代人が、少しでも睡眠時間を確保するためには、睡眠効率を高め、良い睡眠を能率よくとるということが必要になってくる。

 睡眠の原理をよく知ると、自分の睡眠をコントロールすることは比較的容易である。それを日々実践することで、あなたも、その技術に熟達し、睡眠の達人になれるはずだ。少し長めに寝たり、少し早く起きたり、眠気が来る時間帯を早くしたり、遅くしたり、ということも、自分で調節できるようになる。快適で質の高い睡眠をとることは、日中の集中力や意欲を高める。長年実践することで、大きな差が生まれるはずである。

 中にはもう少し厄介な睡眠障害がひそんでいる場合もあるだろう。その場合には、適切に原因を見極め、その状態に即した治療や対処を行っていく必要がある。幸いなことに、早めに手当てすれば、ほとんどすべての睡眠障害は、現在治療可能である。睡眠薬だけでなく、さまざまな治療や克服法が採り入れられている。睡眠障害について、適切な知識をもつことは、快適で質の高い毎日を過ごすのに役立つだけでなく、重大な疾患を予防するのにも有用なのである。



睡眠負債

睡眠の問題を考えていく上で、重要なコンセプトに、「睡眠負債」というのがある。これは、良い睡眠をとるうえでも、日中の活動の質を高めるためにも、頭に入れておくべき概念である。

睡眠不足は、家計の赤字に似ている。日々の睡眠不足がたまってくると、「睡眠負債」という睡眠の「借金」がたまってくるのだ。そうなると、脳は睡眠を強く欲するようになり、その借金を解消しようとする。ときには、借金を無理やり取り立てられることもある。居眠りだ。これが、ときには重大な事故につながる。幸いなことに、経済的な借金のように利息がついて、実際に借りたよりも大きく膨らんでしまうということはないし、一見すると、逆のことが起きるようにも思える。睡眠不足の累積がどんなに大きくても、ぐっすり一晩か二晩眠れば、もうそれ以上眠ることはできず、借金は帳消しになったかのように思われるだろう。

一週間くらい睡眠不足が続いていても、一晩たっぷり眠れば、それを取り戻すことができるように感じる。こうした体験から、人はしばしば勘違いしてしまう。寝不足が続いても、一晩で帳消しにできるのならば、できるだけ短く眠って、たまに長く眠れば、毎晩十分眠るよりも、睡眠時間を節約できると。つまり、人は短時間寝ることに慣れてしまえるのだと。実際、現代人の生活は、概ねこの方法を活用することで、ぎりぎりまで日々の睡眠時間を削ろうとしている。

だが、これは大きな勘違いで、もう眠れないからといって、睡眠負債が解消されたわけではない。実際には、一度に続けて眠れないだけのことで、睡眠負債は、しっかり残っているのである。実際、徹夜をした次の夜など、もうこれ以上眠れないというところまでぐっすり眠っても、数日はまだ眠気が残ったりするという経験はないだろうか。睡眠負債は一度にまとめて返すことができず、返済を終えるまでに少し時間がかかるのである。負債は必ず何らかの形で支払わされると考えておいた方が良い。

 しかも、それは、睡眠負債が限度の範囲内で、健康な状態がどうにか維持されている場合の話で、それがある限度を超えて続いてしまうと、睡眠負債は脳の働きを低下させるだけでなく、脳自体にもダメージを与え始める。その意味では、払いを怠っていると、延滞遅延金のような高い利息を取られると言えるかもしれない。

ときどき長く眠ることで、絶対的な睡眠の不足を穴埋めするというのは、自転車操業の赤字会社の経営のようなものであり、そのうえに、何か不測の事態が生じると、たちまち破綻する危険がある。現代人の多くは、軽業師のように、ぎりぎりのところで、均衡を保っていると言えるかもしれない。いつ足を踏み外して、奈落におっこちないとも限らないのである。



睡眠潜時は、睡眠負債の指標

眠ろうとしてから、眠りに落ちるまでに要する時間を睡眠潜時という。要するに、寝つきにかかる時間である。この睡眠潜時は、どれくらい睡眠負債があるかの指標だけと考えられている。

横になって、目を閉じると、五分以内に寝ついてしまう人では、かなり寝不足が続いて、睡眠負債がたまっていると考えられる。五分から十分で寝つける場合には、やや睡眠負債がたまっている状態、十五分から二十分で眠れる場合には、睡眠の収支が均衡している状態、一方、二十分かかっても寝つけない場合は、まだ睡眠を必要としていないか、心理生理性不眠症などによる入眠障害があると考えられる。

不眠症の人は、寝つきがいい人、つまり睡眠潜時が短い人を、とても羨ましく思う。しかし、すぐに眠れる人では、それだけ寝不足がたまっているということであり、不注意なミスや居眠りによる事故など、別の危険にさらされているということである。

二十分かかっても眠れないと、嘆く必要はない。今のところ睡眠負債がさほどでないということなのだ。活動的な、高揚気質の人やショート・スリーパーの人では、寝つきがいい人が多いが、このタイプの人はエネルギー全開で活動し、睡眠負債を一気に溜め込んでは、効率よく解消する傾向がみられる。その意味では、寝つきの悪い人は、日中の活動や運動が足りていないとも言える。

ただし、明らかに不眠が何日も続いているのに、寝つけないという場合には、要注意である。その場合は、何らかの異常事態が起きていると考えた方が良い。それが、どういう性質のものかを見極めることが大切になる。

睡眠潜時は、もちろん睡眠負債だけで決まるわけではなく、後で述べていく他の要素も関係するが、まず、自分にどの程度の睡眠負債があるかを考えることが重要になる。睡眠負債がなくて眠れないのか、大きな睡眠負債があるのに。眠れないのか、睡眠負債がないはずなのに、昼間眠いのか。そうした状態を区別する必要があるわけだ。

もう一つ注意を要する状態は、睡眠負債がかなりたまっているのに、それを自覚していない場合である。どこでもすぐに眠れると自慢しているような人では、慢性的に大きな睡眠負債を抱え、それを内的な意欲や意志の力、はたまた外的な刺激によって紛らわしていると考えられる。しかし、体にも脳にも無理がかかっていることは間違いなく、うつ病や心身症、心臓発作や突然死といったリスクを抱えやすいのである。そのことを自覚して、自分の睡眠や疲労にも気を配る必要がある。



睡眠負債の点からみた不眠症

健康な状態では、寝不足が続いて睡眠負債ができると、自然に脳が睡眠を要求し、より深く熟睡して睡眠の質を高めたり、眠れるときに、不足を補おうとしたりするので、むしろよく眠れるようになる。睡眠負債が少しくらいはあったほうが、効率よく眠れるのである。

不眠症の一つのタイプは、睡眠負債とは逆に、睡眠過剰になることで起きる。眠りが足りているのに、眠ろうとして、なかなか眠れないと嘆くわけだ。食べ過ぎていて、食欲がないと嘆いているのに似ている。昼間あまり活動していなければ、当然睡眠への欲求も小さくなり、睡眠負債も生じにくくなる。その場合には、むしろ過剰な状態をなくし、意図的に少しだけ睡眠負債の状態にすることが、問題解決につながる。眠れていなくても、決まった時間に起き、昼寝は避けるということが、ほどよい睡眠負債を作ることで、夜の良眠につながる。

しかし、もう一つのタイプの不眠症では、睡眠負債があるのにもかかわらず、眠りがうまくとれないということがおきてくる。心身とも疲労しているのに、うまく眠れない、眠ったと思うと目が覚めてしまうという場合だ。借金を返そうとして、いくら横になっていても、眠りがこなければ、借金は減らない。逆に、借金がたまっていってしまう。こちらの場合は、睡眠負債が膨らんでいきやすいので、気を付けなければならない。寝つきが悪くなる場合だけでなく、早く目が覚めてしまう場合も、要注意である。うつ病などでは、後者のパターンをとりやすい。このタイプの不眠では、睡眠に切り替わる仕組みや睡眠を維持する仕組みがうまく働かくなっている。

不眠症を考える場合には、まず、このどちらに当てはまるかを見極めることが重要である。



睡眠不足が続くと何が起きるか

一口に不眠症といっても、睡眠負債が膨らんでいっているのか、それとも、睡眠負債はあまり存在しないのかによって、まったく、その意味が違ってくる。睡眠負債が問題のないレベルであれば、本人がどんなに「眠れない」と感じていても、それほど心配ないということになる。

一方、睡眠負債が慢性的に累積し、疲労がたまっているのに眠れない状況が続く場合には、さまざまな影響が出やすい。脳に対する影響は、大きく二段階で生じてくる。

最初の段階は、主に数日程度の睡眠不足に伴って生じる反応で、疲労により神経細胞間の伝達がうまくいかなくなる。

脳の神経システムは、神経細胞から伸びた神経ファイバーの先端から神経伝達物質を放出し、それが、相手の神経細胞の表面にある受容体に達することによって、信号を伝えている。神経システムが休みなく活動を続けると、一つには、神経伝達物質を放出し尽くして、貯蔵庫から払底してしまうということになるし、もう一つは、受け手の受容体が、神経伝達物質にさらされ続けた結果、一過性に反応しなくなる状態(脱感作)を引き起こす。つまり、この段階では、神経伝達物質が不足気味になったり、受容体が脱感作を起こしたりすることで、信号が思うように伝わらなくなるということが起きる。これが、まさに神経疲労の正体である。

不眠の場合に起きる、もう一つ重要な現象は、ストレス・ホルモンの分泌が高まるということである。これは、ある意味、防御的な反応であり、短期的には、脳や体の機能を高める。

試験の時に眠れなかったりしても、頭が冴えて、逆によくできたりすることがあるが、ストレス・ホルモンが分泌されることによって、脳も体も活性化されていたと考えられる。私自身、昔大学受験をしたときに、一睡もできなかったことがあるが、普段より頭がよく回って、試験の出来栄えも良かったのを記憶している。

つまり、短気の不眠の場合には、一方では神経疲労の影響があり、もう一方では、ストレス・ホルモンの作用があり、両者の綱引きということになる。その意味で、眠れないからといって、朝まで徹夜で活動してしまうと、神経伝達物質が不足して、いくらストレス・ホルモンが賦活しようとしても、パワーが出ないと言うことにもなってしまう。眠れなくても、目を閉じて横になり、休養しおくことは大切だ。



 次の段階は、一週間以上の長期にわたる睡眠不足が続いた場合、生じてくる反応である。これは、神経細胞自体がダメージを受けるという形で表れる。過剰に興奮し続けたり、ストレス・ホルモンを浴び続けたりすることは、神経細胞を傷めるだけでなく、損傷を修復する作用を抑えてしまうことで、ダメージが蓄積されやすくなる。神経細胞の新生や修復を促進している脳由来神経栄養因子などの栄養因子の分泌も低下する。その結果、脳の委縮が起きることもある。また、ストレス・ホルモンは、筋肉などの成長を促進する成長ホルモンの分泌を低下させるため、子どもに慢性的なストレスや睡眠障害があると、成長にも影響する。

うつ病や精神疾患が発症する前の段階で、すでにこうした萎縮が始まっていることが少なくない。萎縮が起きやすいのは、脳の中でも、もっとも活発に活動している前頭前野や海馬といった領域である。睡眠不足は、多くの精神疾患の引き金をひき、重要な予兆となる。精神科医が、まず「眠れていますか」と質問をするのも、睡眠が健康な精神の維持にそれだけ大切だからである。不眠症は、決して侮れないのである。



睡眠障害の影響は広範囲に及ぶ

睡眠不足が、脳の機能だけでなく、器質的な変化さえも引き起こすということを理解すると、睡眠障害がさまざまな影響を広範囲に引き起こすことも納得できる。特に影響を受けやすいのは、前頭前野や海馬、前部帯状回の機能である。

前頭前野は、理性の中枢、人格の座ともいわれ、情報の統合や判断、意欲や情動制御、社会性などにかかわっている。海馬は記憶の中枢であり、長期記憶や連想にも関係している。前部帯状回は、気分のコントロールや注意、痛み、葛藤処理などにかかわる。



したがって、睡眠の障害は、まず、注意力(特に注意の持続)や記憶力などの認知機能を低下させる。高度な情報の統合を必要とする判断力や抽象的思考、創造力は、特に影響を受けやすい。その人のパーソナリティや意欲によって、影響の出方が異なるが、睡眠不足の期間が長く続けば続くほど、その影響は強まり、影響を受けやすい人では、注意力や集中力が通常の十分の一程度まで低下する。

交替勤務者、パイロットなどの航空従事者、列車運転者、長距離運転手、病院勤務者などで、夜間勤務で睡眠パターンが乱されやすいで人では、消化器疾患や高血圧などの健康上の問題を抱えやすいだけでなく、不注意ミスや事故が多いことが知られている。これも、睡眠不足が、注意力や集中力に影響しやすいためである。



睡眠不足は老け込む原因になる

睡眠は、寿命や老化にも関係するのは、睡眠が損傷した神経細胞や遺伝子の修復に深くかかっているためである。脳由来神経栄養因子や成長ホルモンが分泌されるのは、ノンレム睡眠の中でも深い眠りである徐波睡眠においてである。徐波睡眠が十分にとれないと、損傷を修復することが追い付かなくなり、老化が進みやすくなる。

ところが、この徐波睡眠が減り始めるのが、三十五歳から四十五歳くらいの時期なのである。この時期から、次第に青年期のようにはぐっすり眠ることが減り始める。個人差はあるが、この時期に差し掛かったあたりから、老化が進みやすい状況におかれる。そこに、睡眠不足の状況が加わると、徐波睡眠はますます減り、加齢を加速させてしまう。四十五歳以降では、その傾向は一段と強まる。眠った後でも、若い頃のような爽快感は味わいにくくなるのは、徐波睡眠の割合が減ってしまうためだ。

老化を防ぐためにも、中年以降では、いっそう質の良い睡眠を十分とることが求められることになる。



うつ病と間違われることも

睡眠障害の影響が現れるもう一つの領域は、気分や意欲、行動である。睡眠が不足すると、イライラしやすくなったり、不機嫌になったり、気分が重くなったり、疲れを感じやすくなる。痛みを感じやすくなったり、葛藤処理がうまくいかず、些細なことでキレやすくなる。良く眠れているときになら、喜びに満ちていたはずのことも、不快にしか感じられない。意欲は低下し、投げやりになる。

こうした症状は、うつ病にそっくりであり、うつ病と診断されることもある。しかし、睡眠障害の種類によっては、うつ病の治療を受けると、症状が悪化して危険なものもある。さらに、厄介なのは、睡眠不足が続くと、実際にうつ状態に陥りやすくなることだ。

睡眠不足が、攻撃的な行動を引き起こしやすくなることもしられている。イライラや不機嫌な気分に、何か不快な出来事が加わると、普段ではしないような攻撃的行動や言動があらわれてしまうことがある。前頭前野による情動制御のブレーキが弱まるためである。普段穏やかな人でも、睡眠不足のときには、些細なことからケンカや口論、トラブルが起きやすい。

 睡眠障害は、社会的機能にも影響する。他者に対する関心が乏しくなったり、人に会うことに消極的となることもある。

 それ以外にも、睡眠障害はさまざまな身体的な機能や健康にも影響する。不眠においては、ストレスホルモン(副腎皮質ホルモンなど)の過剰な分泌が起きやすく、それは、消化性潰瘍や高血圧の原因になり得るし、また免疫系や内分泌系にも影響する。



高齢者に多いが、意外に子どもにも多い

睡眠障害は、どの年齢層でも多いものだが、ことに、高齢者でその頻度が高い。高齢者では、日中の活動性が低下することとともに、睡眠を維持する機能が低下するためである。

しかし、子どもにも意外に睡眠障害が多い。子どもの睡眠障害には、いわゆる夜型になって就寝時間が遅くなることによるものと、それとは別の原因で眠れない場合がある。

睡眠欲求が高く、脳が成長途上にある児童では、睡眠不足の影響が強く出やすい。眠るのが遅いと、朝がなかなか起きられないだけでなく、日中の眠気や注意力、集中力の低下を招き、成績にも響く。朝が起きられないことで、親とぶつかり合い、また学校での遅刻や居眠りから、教師にも睨まれて、次第に問題児扱いされることで、不登校に陥るなど、状況がさらに悪化するという場合もある。

また、しばしば睡眠障害の存在に気づかれない場合もある。「眠れない」と本人が訴えないことも多い。朝が起きられないことや昼間ぼんやりしていることに対して、周囲は、夜中に何かしているのではと疑ったり、他の原因を考えてしまう。こうした場合、睡眠障害の存在に気づき、それに対して適切な対処をすることで、集中力や意欲が改善し、成績にも好影響がみられる。児童に多いのは睡眠リズム障害であるが、それ以外にも原因があり、見極めが大事である。

もうひとつ重要な点は、子どもと大人では睡眠障害の影響の出方が異なる場合があるということだ。睡眠障害があると、大人では、眠気や意欲、活動性の低下となって表れるのが普通であるが、子どもでは、活動性が亢進し、多動や破壊的な行動がみられる場合もある。それに関連して、近年注目されているのは、子どもの睡眠障害が、注意欠陥/多動性障害(ADHD)にともなってみられる場合があることで、この場合、ADHDが睡眠障害の原因というよりも、むしろ睡眠障害がADHDを悪化させていると考えられている。

子どもの睡眠障害は、家庭全体に影響が及びやすく、子どもの睡眠障害が原因で、夫婦仲が悪くなったり、離婚に至るというケースさえある。しかも、睡眠障害の問題が自覚されておらず、両者が見当はずれな非難を浴びせあって、関係が悪化してしまったという状況もみられやすい。そうした場合には、子どもの睡眠障害に気づいて、適切な手当てを施すことで、家庭内もうまくいくようになりやすい。



 不眠だけでなく、昼間の眠気も大事なサイン

 睡眠障害を疑う症状として、不眠ばかりを考えがちであるが、もう一つ重要なのは、昼間の眠気である。眠っているはずなのに、昼間眠そうにしているという場合に、睡眠障害を疑う必要がある。

 この場合、深い眠りである徐波睡眠が妨げられている可能性がある。ストレスやうつ、カフェインの過剰摂取は、徐波睡眠の割合を減らす。この場合には、「夢ばかり見て」という言い方になることが多い。

ときには、本人が睡眠障害の存在にさえ、気づいていない場合もある。その代表は、睡眠時無呼吸などの呼吸性睡眠障害である。良く眠っているはずなのに、日中の眠気や疲れがひどいという場合には、その可能性を考えなければならない。

睡眠時無呼吸は、深い眠りになると息が止まって目が覚めてしまうということを繰り返すため、睡眠をとっているにもかかわらず、睡眠が不足するという事態を招く。日中の強烈な眠気や注意力の低下の原因ともなる。また、心肺系に大きな負担をかけ、高血圧や心疾患、脳卒中や心筋梗塞の危険を増し、しばしば突然死の原因となる。

閉塞性睡眠時無呼吸は、肥満気味の中高年に多いものだが、実は子どもにもみられることは、あまり知られていない。主に扁桃腺やアデノイドの肥大による、気道の閉塞によって起きる。ときには、二歳前後の幼い子どもにもみられる。大人の睡眠時無呼吸が、肥満気味の人に多いのとは対照的に、子どもの場合には、低体重や発育不良を引き起こす。それというのも、この疾患は、深い睡眠を妨げるが、成長ホルモンの分泌は、深い睡眠のときに活発に行われるからである。そのことに早く気付いて、睡眠状態を改善することが、発育不良の改善にもつながる。



眠りへの囚われが悪循環を作る

このように、睡眠は、想像している以上に、我々の生活に影響を与えている。仕事や対人関係をも左右し、時には命にかかわる危険な落とし穴となることもある。そうした落とし穴に陥らないために、どうすれば良いかを考えていく上で、もう一つ大切なことは、睡眠というものに対して過敏になり過ぎず、客観的な態度をとるということなのである。いわゆる不眠症の多くは、睡眠に対する強すぎる囚われが、症状を悪化させていることも多い。完璧な睡眠を求めすぎたり、自分は人より眠れないという思い込みが、そこにはある。

そうした心理的な要因がからんだ不眠症を改善するためには、自分の中にある睡眠に対する固定観念を、もっと柔軟なものに変えていく必要がある。視野をもっと広げ、大きな視点から睡眠を考えることも大事なのである。



第三章 人はなぜ眠るのか 睡眠のメカニズム


高度な脳をもつがゆえに

睡眠は、高度な中枢神経系をもつ生き物に特異的に発達した現象である。

人間と同じような意味での睡眠、つまり睡眠脳波が認められるのは、恒温動物の哺乳類や鳥類であるが、爬虫類や魚類にも睡眠に似た状態がみられる。昆虫には睡眠は認められないが、じっとして動かない状態が認められる。夢を見る眠りであるレム睡眠を示すのは、主に哺乳類の特性だが、鳥類や爬虫類の一部でもレム睡眠が認められるものがある。いずれにしろ、大きな脳、ことに発達した大脳皮質をもつものだけが、本格的な眠りを必要とするのである。

睡眠は、冬眠や昏睡といった現象と意識レベルや活動性が低下するという点では似ているが、周囲からの刺激や警戒信号によって、容易に目覚めることができることや、二十四時間周期で規則的に訪れるという点で異なっている。そのどちらの特徴も、睡眠が非常に高度で複雑な現象であることを示している。

大きな脳をもつ生き物でも、一見睡眠が必要ないように見えるものもいる。その代表は、ある種類のイルカで、大脳半球の片方ずつが交代で睡眠をとる半球睡眠により、泳ぎ続けることができる。睡眠によって脳を休ませねばならないという点では、例外ではない。

脳は、エネルギーを多く消費するだけでなく、活発な神経細胞間の伝達のために、神経伝達物質を消費する。不眠不休で働き続けることは、神経伝達物質の枯渇や神経細胞の損傷・死滅を引き起こす。

良い睡眠がとれないと、イライラしやすくなったり、疲れを感じたり、気分が憂うつになったり、集中力が低下する。普段なら、何とも思わないような些細なことで、腹を立て、怒鳴ってしまったりする。それは、神経伝達物質を十分蓄え直したり、神経細胞が万全の状態に回復していないためだ。それを避けるために、脳が定期的に活動を休止して、神経伝達物質を蓄え直し、ダメージを修復する必要がある。



睡眠時間を左右する生物学的条件

睡眠のもう一つの目的は、エネルギーを節約することである。このことは、貧しい環境で暮らすときには、生存を左右する。冬場の餌の減った時期に動き回ることは、体力を余計に消耗し、餓死する危険が増すだけである。寒いと体を温かく保つために余分のエネルギーを必要とするので、なおさらである。

寒い地域で暮らす動物ほど、長く眠る傾向があり、温暖な地域で暮らす動物では、短い睡眠で足りる。人間にも、そうした名残があり、夏場は睡眠が短くなり、冬場は睡眠が長くなる人が少なくない。

しかし、中には例外もいる。熱帯の生き物でも、南米の密林に暮すナマケモノは、一日二十時間も樹にぶら下がって眠ることで知られている。行動はゆっくりで、体温も低い。省エネで暮らすことを徹底的に追求した生き物だと言えるだろう。体長数十センチという小柄な動物であるが、三十年以上生きる。細く長くという生き方の見本のような存在である。

エネルギーの観点からみた場合、必要睡眠時間を左右するもう一つの要素は、体の大きさである。体が小さいほど、体重に比して体表面積が大きく、熱が逃げていきやすいので、体重比でみた必要カロリーが高くなる。赤ん坊の平熱が高く、絶えず哺乳しなければならない理由の一つでもある。小さい動物ほど、エネルギー効率が悪いので、絶えず食べ続けるか、沢山眠る必要がある。

馬や牛は一日三時間しか眠らなくていいが、ネズミが十三時間、猫が十五時間も眠るのは、猫の脳が馬よりも発達しているからではなく、体の大きさの違いによるところが大きい。

睡眠時間を左右する、もう一つの重要な要素は、草食か肉食かである。草食動物は、カロリーの摂取効率が悪いため、一日中食べ続けなければならず、また、絶えず肉食動物を警戒しなければならないため、肉食動物に比べて睡眠時間が短い。象が二、三時間しか眠らないのは、体の大きさとともに、草食であることにもよる。一方、ライオンが十五時間以上も寝ていられるのは、肉食であることと、天敵に襲われる心配がないためである。

われわれ人類にもっとも近い種であるチンパンジーは、人類よりもやや小柄な体と、人類の三分の一の大きさの脳をもつが、十時間以上の睡眠をとる。人類の方が、多少体が大きいことを差し引いても、三倍もある脳を維持していくためには、十時間以上眠るのが、本来なのかもしれない。

チンパンジーと比べると、現代人は、脳の大きさからすると、短すぎる睡眠時間で暮らしているということになるだろう。当然、いろいろトラブルも起こりやすい。現代人にうつなどの精神疾患が急増しているのは、高度な頭脳を維持していくための睡眠時間が短すぎるということが一因となっていることは、否定できないだろう。

 そして、種々ある精神疾患の中で、もっともありふれたものが不眠症ということになる。不眠症に悩むのは、人間様だけである。それは、発達しすぎた馬鹿でかい脳をもつが故の悩みだと言える。



睡眠調節の二つの原理

眠ろうとしても、眠気がなかなかやってきてくれないと、うまく眠れない。逆に起きていたいのに、眠気が来て困ることもある。良い睡眠をとるためには、この気まぐれな眠気と、上手に付き合っていく必要がある。睡眠を考える上で、睡眠時間とともに、睡眠のタイミングも重要だということが、近年わかってきた。

眠気の強さは、主に二つの要因によって決定される。一つは、体内時計のタイミングであり、眠気が強まる周期というものがある。もう一つは、睡眠負債がどれくらいあるかである。睡眠負債は、目覚めてからどれくらいの時間が経過したかということと、最近、どれくらい寝不足が続いていたかによって決まる。この二つの原理を、よく頭に入れておく必要がある。

朝早くから起きて活動し続けていれば、眠気も早く襲ってくる。ところが、とても眠かった時間帯に寝そびれてしまうと、あれほど強かった眠気が消えてしまって、今度は眠れない。そういう経験を誰もがしているだろうが、それには体内時計のタイミングが関与している。

体内時計は、眠気と覚醒のリズムを強力に支配しているので、この周期に逆らおうとしても、なかなかうまくいかない。この周期のことをよく理解して付き合う必要がある。体内時計の周期を理解するうえで、重要なことは、体内時計には、長い針、短い針、中くらいの針の三本の針があるということだ。体内時計は、三つの周期で動いている。その三つの周期を知って、その波をうまく利用することがポイントである。

二番目の原理も、良い眠りをとるためには重要だ。たとえば、夕方ごろ眠ってしまったり、夕食後眠ってしまうというのは、夜の寝つきを悪くしたり、眠りを浅くしてしまう。



体内時計の三つの周期が眠気を左右する

体内時計の三つの周期のうち、もっともよく知られているのが、二十四時間より少し長い周期で一回りするサーカディアン・リズム(概日リズム)である。

これは、一日の眠りの周期に関係している。夜の時間帯になると、眠気が強まり、昼間の時間帯になると覚醒するというリズムである。つまり夜型とか昼型といった問題は、このサーカディアン・リズムのズレによって起きる。サーカディアン・リズムは、二十四時間より少し長いため、強制力を働かせずに、眠りたいだけ眠るという生活をしていると、だんだんズレが起きてくる。起きるのが遅くなり、さらに眠るのが遅くなりを繰り返しているうちに、夕方にならないと起きられないということになる。

二番目のリズムは、約半日周期で眠気のピークがくるサーカセメディアン・リズムである。夜半過ぎと、お昼過ぎに眠気が強まるのは、この半日周期の波による。睡眠医学の権威デメントによると、昼過ぎの眠気は、一般に信じられているように、食事をして満腹になるためではなく、体内時計のリズムのためだという。居眠り運転は、この二つの時間帯に起きやすい。逆に言うと、朝九時ごろと、夜九時ごろに、覚醒度がもっとも上がる時間帯が来る。昼間眠気があったのに、夜のゴールデンアワーの頃になると、目が冴えてくるということが起きるが、第二の覚醒のピークがやってくるためである。

夜型の人では、この覚醒のピークが後にずれているので、夜半までに眠ろうとしてもなかなか眠れず、無駄な努力をしてしまう。もっとも目が冴える時間に、体内時計のリズムに逆らって眠ろうとするようなものだからである。

さらにもう一つ、もっと短い周期で眠気が変動するリズムがある。約一時間半という短い周期の波で、ウルトラディアン・リズム(超日リズム)と呼ばれる。同じ夜のうちでも、眠気が強まったり、弱まったりするのは、ウルトラディアン・リズムによるし、眠りが深くなったり、浅くなったりするのも、このリズムが作り出す波である。

一時間半という短い周期で変化するということは、今眠くてたまらなくても、四十分か五十分すると、眠気が薄らいでしまうということだ。逆に、いま目が爛々としていても、四、五十分すると、眠気が強まるタイミングが来るということでもある。

子どもでは、こうした波の影響が顕著に見られる。眠くなる時間より、少し早いだけで、元気いっぱいに騒いでいる。とても眠りそうにないなと思っていると、急に眠気が襲ってきて、パタンと眠り込んでしまう。この波を捉え損なうと大変なことになる。タイミングが少し早いだけで、全然寝てくれないし、少しタイミングが遅れると、急に眠気がやって来て、食事もせずに眠ってしまう。

このことは、基本的には大人にも当てはまる。眠気が強まる局面で、床に就くようにすれば、よりスムーズに入眠できるが、それを外すと、次の周期まで、眠気は来ない。この原理をしっかり頭に入れて、対処することが、大いに役立つのである。実践的な方法については、後の章で述べることにしよう。



眠くなるはずなのに眠気が薄れる魔の時間帯

睡眠や眠気の問題を考える場合に、重要なのは、一旦強まりかけていた眠気が、薄れてしまう時間帯が存在することだ。それは、いわゆる宵とよばれる時間帯に起きやすい。睡眠の原理の一つの方を思い出してほしい。起きている時間が長いほど、眠気は強まりやすい。朝早くから起きて、一日動き回っていれば、仕事が終わった頃には、疲れが出て眠気を感じやすくなる。人によっては、夕方帰宅した後や、夕食の後で、眠ってしまう人もいる。

ところが、前項でも説明したように、この眠気が強まる時間帯を乗り越えると、今度は眠気が薄らぐ時間帯がやってくる。午後九時前後に、目が冴える時間帯が来ることになる。これは、子どもにはあまり見られず、若者から壮年にかけて、この傾向がはっきりみられる。もっと年が上がると、この第二の覚醒のピークが弱まっていく。そのため、夕方六時頃から眠ってしまうお年寄りも少なくない。

なぜ、若者や壮年のときだけ、宵になると目が冴えるのか。ことに、電燈が発明されるまでは、日が暮れれば、寝る以外にすることがなかったはずなのに、長い進化の過程で、どうして、そうした仕組みが備わったのだろうか。その答えは言うまでもなく、性的活動のためだと考えられる。この時間帯に、性交渉を行い、後はぐっすり眠るという具合に、神は体内時計をセットされたというわけである。

午後は半ばぼんやり仕事をしていた人も、日が暮れると、別人のように蘇る。そこには、サーカセメディアン・リズムの二番目のピークが関係している。

夜十一時、十二時になって、絶好調ということも起きる。スムーズで効率のよい睡眠をとろうとした場合、この覚醒のピークのときに寝ようとするのは、避けた方が良い。そのピークを過ぎれば、段々覚醒度が落ちてくるフェーズに入るので、そこまで待つべきなのである。

現代の若者では、ことに、そのピークが後にズレがちである。それには、光と刺激に溢れた環境も影響しているが、それは、現代の若者に限ったことではない面もある。思春期後期には、松果体から分泌されるメラトニン(眠気を催すホルモン)のピークが、後ろにズレるという現象が起きるのだ。それは、やはり性的な活動と関連して進化してきた仕組みだろう。なぜ、十代半ば頃から、夜遊びが好きになるのかは、生理的にやむを得ない部分もあると言える。問題は、朝から学校で勉強をしなければならないという社会のルールと、中高校生の頃に、体内時計が狂いやすいという生理的体質が、齟齬を起こしやすいということだ。それは、明るすぎる夜と二十四時間いつでもアクセスできる便利な通信環境によって、さらに加速される。



体内時計は、眠気だけでなく気分や意欲も左右する

夜、勉強や仕事をしようという場合も、このリズムを頭に入れておいて、うまく手なずけることが重要である。

眠気が来やすい時間帯に、いくらもがいても、舟をこぐばかりで、大して能率は上がらない。この時間帯は、軽く仮眠をとって(不眠症の人は、休憩だけに留めたい)目が冴える時間帯がくるのを待ち、そこから集中した方が効率的である。九時ごろに来る覚醒のピークの手前で仕事にとりかかり、二〜三時間集中して一仕事終え、深夜に来る眠気のピークを利用して、眠りにつくというスケジュールが、理想的な夜の時間の使い方だろう。

体内時計は、気分や意欲にも影響を与える。もっと正確には、眠気と同様、体内時計と睡眠負債によっておおむね決まる。眠気が強くて仕事の能率が悪いと感じたときは、体内時計の覚醒度が上向くタイミングまで待つか、睡眠負債を少しだけ支払って、眠気を下げるか、二つの対処が有効だ。前者であれば、その間、散歩や軽い運動をしたり、さして集中力を要さない雑用をするのもよいだろう。体内時計には、もっとも短い周期のウルトラディアン・リズムがあるのを思い出してほしい。ウルトラディアン・リズムの周期は、わずか一時間半程度だ。つまり、今眠気のピークにあったとしても、四十分もすれば、眠気があまりない時間帯が来ることが期待できる。二十分ばかり、目を閉じて軽くうたた寝をすれば、睡眠負債が小さくなる効果と、眠気がピークを過ぎて、覚醒度が上がりはじめる効果が相乗されて、頭がスッキリするはずだ。

ここで長く仮眠を取り過ぎてしまうと、睡眠負債が減り過ぎて、肝心の夜の睡眠が妨げられるので、短い仮眠に留めておくのがミソだ。

一時間以上眠ってしまうと、ウルトラディアン・リズムは、再び眠気が増す時間帯に入ってしまい、起きるのが面倒になってしまう。そのまま寝続けると、睡眠負債を大幅に解消できる二、三時間の眠りを貪ってしまうことになる。そうなると、夜はなかなか眠れないことになる。



概日リズムが一時間延びた現代人

現代人の睡眠障害の中で、頻度が高く、若い人に患者が多いのは、体内時計の狂いによる概日リズム睡眠障害だが、十九世紀までは、ほとんど存在しなかったと考えられている。概日リズム睡眠障害を生み出すことになった原因は、先の章でも述べたように、二十世になって、エジソンが電燈を発明し、大量生産を始めたことである。電燈は文明国に急激に普及し、夜を昼間に変えていった。さらに、それに拍車を駆けたのは、ブラウン管の発明に始まるテレビやパソコンの普及である。人々は、明るい画面を夜中まで見続けることとなった。

元来、人間の概日リズムは、地球の自転周期と同じ二十四時間であったと考えられている。ところが、一九六〇年代にドイツのマックス・プランク研究所が、地下に特殊な部屋を作り、時計は無論、今が何時なのかを知る手掛かりがまったくない人工的な居住環境で、どういうリズムで生活するかを観察したところ、被験者は、地上にいるときと、ほとんど同じリズムで生活したが、リズムの周期が、二十四時間ではなく、二十五時間近かった。一時間長かったのである。この一時間のズレのために、一か月間の実験を終えて、被験者が地上に戻ってきたとき、地上の方が、日付が一日早く進んでいた。一日だけとはいえ、浦島太郎現象が起きたのである。

この実験結果から、人間の体内時計のリズムは、もともと二十四時間より長く、そのため太陽の日周運動よりも遅れを生じ、夜型になりやすいのだと考えられるようになった。ところが、この実験にミスがあったのである。実験に使われた地下の住環境は、被験者が夜眠るとき、フロアランプがついたままだったのである。このわずかの明かりが、体内時計に微妙な影響を与えていたのである。

そのことに気づいたスタンフォード大学のチャック・ツァイスラーらが、寝ている間は一切の光をなくして、実験をやり直してみると、体内時計のリズムは、二十四時間十分と測定され、二十四時間にぐっと近づいたのである。

フロアランプのわずかな光さえも、体内時計にこれほど影響するという発見は、現代人の暮す夜も明るい環境が、睡眠のリズムを維持するうえで、いかに最悪の環境であるかを、改めて思い知らせたのである。

夜でも人工光を絶えず浴びている現代人は、常に睡眠相が遅延する危険にさらされているといえる。それは寝つきを悪くし、朝起をつらくする。せめて体内時計の覚醒度がピークを過ぎる夜九時以降、できるだけ画面などの強い光に触れないようにし、少し明るさを落とした部屋で過ごすようにすることは、眠りの環境を整えることになる。また、眠っている間は、できるだけ人工灯を点けない方が良い。



体内時計は光によって調節されている

このようにわずかの光でも影響を及ぼすほど、体内時計はデリケートである。その一方で、真っ暗の地下の鍾乳洞で一か月ばかり生活しても、体内時計の狂いはわずかである。非常に安定した強固なシステムでもある。

何しろ体内時計は、生命の起源に限りなくさかのぼるほど長い歴史をもつものである。体内時計は、植物にも備わっている。朝顔が朝に花開くのも、備わった体内時計によるものであり、決して朝の光を感知して開花するわけではないことが知られている。朝顔の場合は、日の出ではなく、日没を基準にして、そこから一定時間がたつと開花する仕組みになっている。そのため、日が短くなると、夜中に開花してしまう。

人間でも、日照時間の変化につられて、体内時計が混乱するという場合がある。その一例は、冬場になると朝が起きにくくなるというケースである。しかし、多くの人では、日照時間が変化しても、一年を通じて、ほぼ一定した睡眠時間を維持することができる。

この柔軟かつ恒常性をもつ、体内時計というシステムは、光だけでなく温度などの他の条件によっても調節される。人間の場合には、今何時であるという認知も少なからず影響を与える。しかし、何と言っても、体内時計の調整において、大きな役割を果たしているのが、光である。

植物と同じように、人間もまた、光を感じ、それによって生活のリズムを刻んでいるのである。良い睡眠を守るためには、上手に光と付き合っていくことも大事なのである。寝つきが悪い人も、早く目が覚めすぎてしまう人も、光との付き合い方を工夫することによって、体内時計を調節し、症状を改善することができる。具体的な方法については、後の章で述べるが、ここでは、光が体内時計に影響を及ぼすことで睡眠のリズムを左右しているということを、頭に留めておいてほしい。



体内時計は体中にある

 体内時計の中枢は、両眼の奥に伸びた二本の視神経の束が交差する上にある視交叉上核に存在する。昔から東洋では、眉と眉の間に、第三の眼があるとされ、仏像の白毫びゃくごうやインド人のテッカにそうした思想が反映されているが、この視交叉上核から明るさの情報が送られる松果体が第三の眼であるとも言われる。古から人々は、光を感知する体内時計の存在を、それとなく感じていたのかもしれない。

 だが、近年では、体内時計は視交叉上核にだけ存在するのではなく、体のあらゆる部位に遍く存在していると考えられるようになっている。光を目に当てなくとも、皮膚に照射しただけでも、体内時計が影響を受けるのである。そのメカニズムは謎だったが、最近、皮膚にも体内時計の仕組みをもつ細胞があることが発見された。肝臓や腎臓にも、独自の体内時計があることもわかってきている。体内時計は、体中にあるようなのだが、それを全体として、指揮しているのが視交叉上核だと言える。

 言ってみれば、日本標準時を決めている明石にある国立天文台の時計が、視交叉上核であるが、それ以外にも、みんなが各自時計をもっているように、他の臓器や細胞にも体内時計の仕組みが備わっていて、それぞれの時間に合わせ行動していると言えるだろう。



朝型と夜型は半ば生得的なものか

 朝型、夜型の生活リズムは、生活習慣によって左右される面も大きいが、生得的に朝型になりやすい人と、夜型になりやすい人がいることがわかってきた。それぞれのタイプの人では、幼い頃から、朝型や夜型の特徴がはっきりみられるという。朝型の子どもは、平均的な子どもより二時間ほど早く起き、朝から活発に活動し、日が暮れる頃には疲れて、さっさと眠るという生活パターンを示す。それに対して、夜型の子どもは、平均的な子どもより二時間遅く起き、午前中はぐずぐずして、あまり活動せず、日が暮れてから活発に動き出す。夜はなかなか眠らない。しかし、全体の三分の二は、どちらにも属さない中間型である。

 自分が、どのタイプであるかを考えて、生活の仕方を選ぶことも、睡眠障害を防ぎ、快適に暮らすうえで重要だ。朝型の人が、夜勤のある仕事をしたり、夜型の人が、朝早く起きて仕事をしようとしても、なかなか長続きしないし、体調を崩すもとである。もっとも良い眠りがとれる時間帯というのは、その人その人で違っているので、自分に最もあった時間帯に眠ることも、良い睡眠をとるうえで鍵をにぎる。誰もが同じように眠らなければならないということは、まったくない。その人にあった眠り方、生活パターンを持つことが大事なのである。



ノンレム睡眠とレム睡眠

睡眠は、深い眠りと浅い眠りが、谷と山のように繰り返される波であり、一晩の間にも、数回、こうした波が繰り返される。眠りの深さによって、異なるタイプの睡眠が入れ替わり出現する。

睡眠には、大きく二種類の睡眠がある。一つはNon-REMノンレム睡眠で、深い眠りの状態である。このとき、大脳皮質の活動が低下している。ノンレム睡眠は夢も見ない眠りである。それに対して、もう一つのREMレム睡眠は、もっとも浅い眠りであり、このとき夢を見ている。眼球が左右に素早く動くことから、急速眼球運動(rapid eye movement)の頭文字をとってREMレムと呼ばれる。

この二種類の睡眠は、交互にあらわれながら、一晩の睡眠を構成する。睡眠不足がある場合には、ノンレム睡眠への欲求が高まる。ノンレム睡眠は、脳の神経細胞システムの回復にとって、より必須の役割を果たしていると考えられている。まずノンレム睡眠をとった後で、レム睡眠が現れる。

ノンレム睡眠-レム睡眠と、睡眠が深くなり浅くなるという一回の周期が、およそ一時間半〜二時間程度とされ、それが一晩に何度か繰り返される。眠りの深さは、次第に浅くなり、レム睡眠の割合は睡眠の後半ほど増える。眠りが浅くなった時に、瞬間的に覚醒状態になるということは、誰にでも起きている。ただ、多くの人では、すぐに再入眠してしまうので、そのことを覚えていないだけだ。何度も目が覚めてしまうという人では、再入眠に少し時間がかり、完全に覚醒してしまう。

面白いことに、新生児期から二歳までの幼児では、レム睡眠の割合が多い。幼い頃には、夢を見る眠りをたくさんとっていることになる。幼い子どもは、長い睡眠が必要であるが、それは、大人よりもたくさんのレム睡眠を必要とすると考えられる。レム睡眠は、脳の発達や学習と深く関係しているのである。



ノンレム睡眠にも四つの段階がある

大人の睡眠の四分の三はノンレム睡眠である。ノンレム睡眠も、睡眠の深さによって四段階に分けられる。浅い方からステージ1、ステージ2、ステージ3、ステージ4と呼ばれる。このうち、ステージ3、ステージ4のときは、脳波もゆっくりとした波形になり、徐波睡眠と呼ばれる。このとき、大脳皮質の活動は顕著に低下している。このとき、筋肉は力の抜けた状態になる。そのため、首が頭を支えることができなくなる。居眠りをしていて、頭がガクッとなるのは、徐波睡眠に入るためである。

徐波睡眠に最初に達するまで、寝ついてから約二十分かかる。徐波睡眠は、通常、眠りはじめてから最初の三時間以内の睡眠にだけみられる。つまり七時間眠っても、後半の四時間の睡眠では、徐波睡眠は現れず、もっと浅い眠りとなる。

ステージ4のもっとも深い睡眠は、最初の谷では、四十分ほど持続するが、二回目の谷でステージ4に到達したときには、持続時間は二十分ほどと短くなる。一日に人がとれるステージ4の眠りは、一時間ほどに過ぎない。

このとき、生体の活動は低下しており、体温も下がる。そのため、ウイルス感染などに対する抵抗力も落ちている。

一旦、徐波睡眠の深さまで眠りが達すると、脳も体も通常の状態には、すぐには戻らない。しばらく気だるさやぼんやりした感じが残ることになる。つまり、徐波睡眠の状態のときに起こされるというのが、目覚め方としてはサイアクということになる。昼寝をする場合も、徐波睡眠に入ってしまうと、目が覚めにくくなり、長く眠り過ぎたり、どうにか起きても眠気が残り、かえって疲労感やだるさを感じてしまう。

徐波睡眠から一旦覚醒すると、今度は逆に、眠気が来にくくなるということも起きる。変な時間帯に徐波睡眠をとってしまうと、その後、半日くらいは、本格的な眠気がこないということになりかねない。睡眠調節の第二の原則として、眠気の強さは、「最後に目覚めてからの時間によって決まる」と述べたが、最後にとった眠りが、徐波睡眠を含む睡眠だったのか、もっと浅い眠りだったのかによって話がまったく違ってくる。徐波睡眠を含まない眠りならば、影響は少ない。したがって、「眠気は、最後に徐波睡眠から醒めてからの時間によって決まる」と言い換えることもできるだろう。

いずれにしても、徐波睡眠を、深夜の時間帯にとることが、良い眠りと生活のリズムを維持するうえでポイントとなる。

夢中遊行といって、眠りながら歩き回ったりするのは、このノンレム睡眠の時に起きる。本人はもちろんまったく覚えていない。ノンレム睡眠のときにも、夢を見ることがあるが、ストーリーのある込み入った夢ではなく、断片的なものである。



生命維持に必須のノンレム睡眠

睡眠のうち、特に重要だと考えられているのは、ノンレム睡眠の方である。レム睡眠が減ることも、気分や眠気などに多少影響するが、ノンレム睡眠を奪われると、たちまち認知機能に影響し、強い眠気に襲われることになる。レム睡眠を奪われても、生存に直接影響することはあまりないが、ノンレム睡眠を奪われると、大抵の生き物は二週間ほどで死んでしまう。シカゴ大学で行われた少々残酷な実験によると、眠りを奪われたハツカネズミは、もっとも早いものでは十三日後に、もっとも耐えたものでも、二十一日後に死亡したという。人間の不眠の最長記録は、十一日間あまりである。

ノンレム睡眠、特に徐波睡眠は、生存維持や成長において、非常に重要な役割を果たしている。先に述べた脳由来神経成長因子(BDNF)などの分泌が起き、損傷した神経系の修復がなされるのは、徐波睡眠の時なのである。うつ病の中でも症状の重い大うつ病では、徐波睡眠が減少する。それによって、機能低下だけでなく脳の委縮が起きる。神経系よりも、生命維持にもっと密接にかかわっているのが免疫系である。先ほどの実験で、眠らせずに死亡したハツカネズミを調べると、通常は害のない常在細菌が、血液中に増殖しいることがわかった。免疫力が低下することによって起きる日和見感染症から敗血症を起こしていたのだ。

風邪を引いたりインフルエンザにかかると、普段は不眠で悩む人も、良く眠れる。何時間でも眠れる。これは風邪薬のせいというわけではなく、感染すると、体が睡眠を多くとる仕組みが備わっているのだ。体がウイルスなどに感染したり、ガン化した細胞が現れると、インターロイキンやプロスタグランディンD2、TNF(腫瘍壊死因子)といったサイトカインが血液中に放出されるが、これらのサイトカインは、免疫反応を促がすとともに、ノンレム睡眠を増やす。そうすることで、体を休ませ、ウイルスや腫瘍との闘いを有利に運ぼうとする。また、ウイルスやガン細胞を攻撃するナチュラル・キラー細胞は、睡眠不足によって、非常に影響を受けやすいことが知られている。

睡眠を奪われ続けた実験動物は、最後には末期ガンの患者のように、免疫不全状態を呈し、血液中やリンパ節に細菌が巣食うようになって、死んでいく。ノンレム睡眠、ことに徐波睡眠は、免疫力を維持する上で非常に重要なのである。睡眠不足は、免疫力を低下させることで、感染症だけでなく、ガンなどにもかかりやすくする。



眠れなくても、目を閉じて休息することが大事

このように書くと、不眠症の人は、いっそう眠れないと大変だと思ってしまわれるかしもれない。しかし、これは、人工的に苦痛を与えるなどして、無理やり眠らせないようにした場合の話である。実際には、睡眠が本当に不足してくると、体や脳は、空気や水を求めるのと同じくらい、切実にそれを求めようとする。その結果、どんなに眠るまいとしても、そのレベルになると、眠ってしまうようになる。多くの不眠症の人が眠れないのは、そこまで切実なレベルには、まだ至っていないからなのだ。

眠れないこと自体よりも、眠れないからといって焦ったり、イライラしたりすることの方がよくない。ストレス・ホルモンの分泌を高め、悪影響を強めてしまうのだ。眠れない場合も、横になって目を閉じ、何も考えないようにして、ぼんやり休息を取ることで、脳はかなり休むことができるし、身体的な機能は大幅に回復する。

実際、健康的不眠症とよばれる人たちがおり、彼らは、ほとんど睡眠をとらないでも、長年にわたって健康を維持している。



四十年間眠らない男

 キューバに住むトマス・イスキエルドという男性は、第二次世界大戦終わりごろ、眠ることができなくなったまま、四十年間、まったく眠っていないというのだ。五十三歳の彼は、目を光線から保護するために、黒いサングラスをしている以外、概ね健康で、むしろ年齢よりも若々しく、二人目の妻との間に、息子ができたばかりであった。

 これまで、四十人もの医師が、彼の治療にかかわってきたが、どの治療法も、彼を眠らせることはできなかった。十六年間彼の治療に携わってきたキューバでもっとも権威のある精神科医によると、薬物療法を始め、さまざまな方法を試みたが、彼を眠らせることはできなかったという。二週間近い入院でとられて二十四時間の脳波検査でも、記録された脳波は、完全な覚醒パターンを示していた。

その医師によると、イスキエルドの不眠症は、十三歳のときに脳炎にかかった後遺症で始まったとされるが、イスキエルド自身は、死の恐怖が強まり、眠るのが怖くなったことがきっかけだったと述べている。

眠れない夜をどうして過ごすかと言えば、イスキエルドは、明け方の三時か四時から、数時間横になって休憩をするだけである。



こうした健康的不眠症のケースは、ときどき報告されている。多くは、一日一〜二時間の睡眠、それも浅い眠りしかとれないというケースが多いが、その状態で健康はどうにか維持されているというものである。

四十年眠らなくても、再婚して、元気に子どもまで作っている人がいるというのは、不眠に悩む者にとっては勇気づけられる話ではないか。二日や三日、よく眠れないからと言って焦らないこととともに、それで起きて活動を続けるのではなく、目を閉じ横になり、休息をとることが大事なのである。



ノンレム睡眠は記憶や学習にも関わる

ノンレム睡眠は、長期記憶の形成や学習にもかかわっている。ノンレム睡眠の最中には、ノルアドレナリンの分泌が盛んになり、それによって長期記憶が高まり、学習が促進される。睡眠中に、ノルアドレナリンの分泌を抑えるクロニジンを投与すると、学習効果が低下し、逆にノルアドレナリンの分泌を促進する薬剤リボキセチンを投与すると、学習効果が高まるという。

インターロイキン−6を投与すると、一部の記憶が高まる効果がみられる。これも、ノンレム睡眠(徐波睡眠)が増加することによると考えられている。

その意味で、あまり睡眠を削り過ぎることは、学習の効率をかえって悪化させる危険もある。前項で触れた健康的不眠症のケースでは、概ね健康で問題なく暮らしていることが多いが、記憶の低下が見られることがある。これは、睡眠が、記憶や学習の定着に関係しているためだろう。



レム睡眠は必要なのか?

人はなぜ夢を見るのかという疑問は、長年の謎のひとつであった。レム睡眠が発見され、レム睡眠の間に夢を見ているということが分かってから、レス睡眠は、何のために存在するのか、そもそも必要なのか、という新たな疑問が出てきた。レム睡眠の発見者であるスタンフォード大学のウィリアム・デメントは、この謎に取り組んできた。当時、フロイトの精神分析は、アメリカで非常に有力な理論であり、デメントも、夢をみることにより、無意識の葛藤が表現され、心の傷が癒されるのを助けているというフロイトの理論を信じていた。レム睡眠の研究を始めたとき、フロイトの仮説を科学的に立証することになるだろうと、デメントは期待していた。

そのために行われたのがレム睡眠遮断実験という、かなり過酷な「人体実験」である。哀れな被験者たち(その多くは貧乏な学生や仕事のない俳優だったが)は、頭や体に数多の電極を取り付けられ、睡眠ポリグラフを記録しながら眠るように言われる。気持ちよく眠りはじめて、レム睡眠が現れると、即座に起こされるのである。

通常は、レム睡眠は、眠りはじめてから一時間半ほどして現れる。入眠からレム睡眠開始までの時間をレム潜時という。ところが、レム睡眠遮断を行うと、レム潜時が、どんどん短くなり、そのうち、眠るとすぐにレム睡眠が現れる人まで出てきた。そうした場合にも、無理やり起こすのだが、ときには被験者は怒り始め、実験を止めて眠ってしまうこともあった。

また、ある放送局が、慈善募金のために、二百時間不眠で、公開ディスクジョッキーを行うという無謀な試みを行ったことがある。過酷な二百時間を終えて、眠り始めたディスクジョッキーの脳波を記録すると、三十分でレム睡眠が出現し、しかも非常に長く持続したのである。

これらの事実は、レム睡眠が人間の脳に必要なものであることを示しているように思える。ところが、話は一筋縄ではいかなかった。レム睡眠を強く求める人がいる一方で、レム睡眠を遮断されても、ほとんど別条のない人もいたのである。この違いは、ショート・スリーパーとロング・スリーパーの違いをある程度説明するかもしれない。レム睡眠をノンレムレム睡眠と同様に必要とする人たちがいる一方で、ノンレム睡眠さえとれていれば、ほとんど問題を感じない人もいるようなのだ。

現在のところ、ノンレム睡眠が、健康維持に不可欠であることが証明されている一方、レム睡眠がなぜ必要なのかは、完全にはわかっていない。ノンレム睡眠を遮断すると、例外なく異常があらわれるが、レム睡眠をとらせないような実験を行っても、影響は一定しておらず、精神障害を来すという証拠も認められなかった。認知機能や情緒的な安定にも、ノンレム睡眠に比べると影響が小さい。



レム睡眠と夢の謎

新生児期には、睡眠の約半分をレム睡眠が占めるが、二歳頃までに、その割合は四分の一程度まで低下する。新生児は夢を見ているのだろうか。この時期のレム睡眠は、脳の発達と関係があると考えられている。

幼児期は、夢見心地の状態にあるもといわれ、夢見心地の状態が、心の発達にとって非常に重要とされる。それは、まさに脳を育む時期であり、過剰な刺激ではなく、調和のとれた豊かな刺激を与えてやりたい。

夢を特徴づけるものとは何だろう。それは、記憶と連想である。記憶の中の人物や出来事が、非現実的な連想の中で結びついて、次々と奇妙なことが起きる。実は、この記憶と連想のいずれにも、深くかかわっているのが海馬という脳の器官なのである。

興味深いことに、近年、レム睡眠が長期記憶の形成に関与しているということが明らかになった。レム睡眠を阻害すると、海馬での長期促進と呼ばれる長期記憶形成にかかわる現象が抑えられるのである。レム睡眠をとらせないようにする実験をすると、記憶力が低下し、学習効果が半分程度になってしまう。

夢を見ることによって、さまざまな連想が促進されるが、それは記憶の正体である神経細胞間の結合を反映したものなのかもしれない。夢を見ている間に、脳では、長く記憶にとどめるべき情報と、忘れ去られる情報が選り分けられているとも言えるのである。

トラウマ的な刺激を与えられた子どもでは、この海馬が萎縮を起こし、幼児の記憶がほとんどないことも多い。子どもにとって、苦しく、忌まわしい刺激は消し去られるのである。子どもが心地よい夢を見ていられるように、守ってやりたいものである。

大人になってからも、レム睡眠や夢には、長期記憶の形成というプロセスにかかわることで、情報の整理や選別作業にかかわっているのかもしれない。その意味で、夢には、「浄化槽」のような働きがあると言えるだろう。



夢分析、明晰夢、悪夢

夢分析を熱心に行ったC・G・ユングは、夢を無意識への道を開き、無意識からのメッセージを伝えてくれるものだと考えていた。人々が困難や試練に遭遇したとき、どういう解決を見出せばいいのか、そのヒントを教えてくれたり、自分が本当は何を望んでいるのか、ときには、自分の所属する集団に何が起きようとしているのかを、夢というメッセージから読み解くことで、自己実現の助けにしたり、大いなる意志を読み取ることができると考えたのである。

これは、確かに魅力的な考えであり、多くの人を虜にしてきたが、どこか水晶球を眺めることや、タロットカードの配列から、自分の運命を知ろうとすることと似たような恣意性をもつことは否めなかった。象徴的に表されたメッセージというものは、その人の見たいものに、いかようにでも解釈できるというところがあるからだ。

それは、科学と呼ぶには不都合な根本的な問題を抱えていたが、だかといって、無意味だということにはならないだろう。人間の営みの多くは、科学的な合理性の上に成り立つというよりも、非合理的な恣意性に頼って、行われているのが現実であるし、ある意味、科学がまだ十分発達していないために、複雑な心理的な現象を捉えきれていないという面もあるからだ。

夢が、臨床的な治療などに利用できる可能性をもつことは、ユング派の夢分析のみならず、他の方法でも試みられ、それなりに成果を収めている。その一つは、スティーヴン・ラバージという睡眠研究者が創始した「明晰夢」を用いた治療手法である。明晰夢とは、自分が夢を見ていることを自覚した夢のことである。レム睡眠の脳波が現れると、瞼の上に光が点滅する装置をつけて眠ることで、自分が夢を見ていることを自覚できるように訓練していくと、次第に、夢だとわかった状態で、夢を見ることができるようになるという。この方法で、自分の苦手なことを夢の中で行ったり、苦手な人と仲良くなったりすることで、現実の生活に変化を引き起こすことが期待できるという。

ユングの夢分析が、あくまで受動的に夢を解釈することに主眼を置いた分析であるのに対して、ラバージの方法は、能動的に夢の中でロールプレイをするようなものであり、非常に対照的だと言える。ラバージの方法が、恐怖や葛藤の克服に有効なのは、催眠療法と行動療法をミックスしたような効果によるのだろう。



フロイトやユングの夢の意味を解釈しようという試みにもかかわらず、夢について、科学的な理論は、まだ確立されたとはいえない状況である。夢が何らかの心配事や願望を反映していることもあれば、あまり意味のない連想の産物としか言いようのないこともある。そうした中で、唯一精神医学的な関心が向けられ、科学的な解明が進んでいるのは、繰り返し見る悪夢に関してである。同じ内容の怖い夢を繰り返し見るという現象は、外傷的体験をしたPTSDの患者に典型的に見られる。治療が進み、心的外傷から回復するにしたがって、悪夢の頻度は減っていく。

心的外傷体験をした場合には、悪夢を見るだけでなく、日中でも、怖い場面を勝手に思い出してしまったり、ときには、その光景が、眼前にありありと再現されるように感じることもある。こうした現象は、フラッシュバックとか、挿入症状と呼ばれるが、悪夢も含めて、これらの症状に対しては、EMDRと呼ばれる治療手技が、有効である。EMDRでは、患者の両眼の三十センチほど前を、治療者が、指を左右に往復させながら、それを見つめさせる。通常、心的外傷体験について語り、それに向かい合う暴露療法と、併用する。眼球運動には、心的外傷体験を癒す効果があるのだ。

読者はすぐにピンときたであろう。夢を見ているとき、眼球が左右に動くのと同じだということに。その通りである。レム睡眠のとき、眼球運動をしながら夢を見ることと、EMDRのとき、眼球運動しながら、外傷体験が癒されていくことと、みごとに重なり合うのである。

近年の睡眠研究では、これまでのところ、レム睡眠のときに見る夢が、心の健康に不可欠なものであることは証明されていないが、夢を見る行為には、心を癒し、傷を修復する働きがあることは間違いないだろう。新生児ほどではないにしても、睡眠の四分の一はレム睡眠が占める。その役割の重要性が、まだ解明されていないだけだと考えた方がよさそうだ。



夢ばかり見る眠り

うつ病の人の睡眠では、徐波睡眠が減少し、レム睡眠が増加することが知られている。典型的なうつ病では、早朝覚醒がみられ、午前二時、三時に目が覚めてしまう。眠っている間も、夢ばかり見ていると言う人が多い。徐波睡眠が減少するため、深いノンレム睡眠が早く終わり、浅いレム睡眠に移行するため、夢ばかり見て、しかも早く目が覚めやすいと考えられる。

レム睡眠は、ノルアドレナリンとセロトニンという神経伝達物質の放出によって抑えられ、一方、アセチルコリンやグルタミン酸の放出によって促進される。うつ病になって、ノルアドレナリンやセロトニンの放出が低下すると、レム睡眠が多く出現するようになる。また、頭が働きすぎている過覚醒の状態では、眠っている間も、アセチルコリンやグルタミン酸が放出し続けていて、それが、夢ばかり見るレム睡眠を増やしてしまうのである。この状態をうまく解除するためにも、後で述べる良い睡眠習慣が大切である。

ある種の薬剤を投与して、レム睡眠を消失させて育てたラットでは、成熟してからもレム睡眠を過剰にとる傾向がみられ、不安が強く、性的行為が減るといったうつ病に似た状態が観察された。大脳皮質の萎縮も見られ、この点もうつに似ている。また、新生児期にレム睡眠を奪ったラットでは、セロトニンの放出も低下する。セロトニンの低下も、うつ状態と関係が深い。乳幼児期のレム睡眠たっぷりの長い眠りは、子どもの脳の発達だけでなく、将来うつになりにくい神経を育むのにも大切なのだろう。



レム睡眠の時、脳は活発に活動している。それに対して、筋肉の活動は低下したままである。金縛りのような現象が起きるのも、脳は目覚めているが、筋肉が思うように動かないためである。

レム睡眠中に認められる興味深い現象は、男性では性器の勃起が起きることである。これは、性的な夢を見るためではない。というのも、新生児でも、同じ現象がみられるからである。女性でも同様の現象が、クリトリスの肥大として観察されるという。

こうした現象は、レム睡眠の状態において、中枢からの抑制が弱まっていることを示している。それは脳を、理性の抑制から解放しているとも言える。レム睡眠をとることは、アルコールやドラッグが脱抑制を起こすのと同じように、抑制を緩めることで、心の癒しをもたらしているのかもしれない。レム睡眠は、神が与えてくれた、安全なドラッグだとも言えるのである。



年齢とともに睡眠は変化する

母親のおなかの中にいるときから、赤ん坊は睡眠をとっている。胎児は、一日のうち二十時間を眠って過ごす。新生児も、16〜18時間を眠って過ごし、睡眠の半分はレム睡眠である。一歳で14時間、二歳で13時間、三歳で12時間程度の睡眠が必要である。このうち、一、二時間を昼寝でとる。小学校に上がる頃にも、11時間、思春期の子どもでも9時間の睡眠が必要とされる。青年期で8時間、成人期で7〜8時間となっている。

「寝る子は育つ」というが、幼い頃には、非常に多くの睡眠が必要である。成長とともに、必要量は急速に減っていき、思春期で一旦横ばいになる。わが国では、大人だけでなく、幼い子どもまでもが睡眠不足の傾向にある。それは先にも述べたような、さまざまな支障を生むが、特に発達途上の子どもでは、発達への影響も懸念される。

思春期においても、比較的長い九時間の睡眠が必要とされるが、この頃から、体内時計の働きに変化が起きる。それまで、夜になると強い眠気を催していたサーカディアン・リズムが、思春期になると、宵の口においては、むしろ覚醒度を増す傾向がみられる。これは、生殖活動や外敵に対する警戒のために、進化的に獲得された仕組みだと考えられる。しかし、こうした傾向に、現代っ子の生活スタイルが重なることで、思春期の子どもたちは、睡眠不足の危険にさらされやすくなる。

高齢者では、必要な睡眠時間が短くなると思われがちだが、実際には、必要な睡眠時間は、それほど変わらない。快適に、良いコンディションで過ごせるためには、年をとってからも、よく眠れることが大事である。しかし、高齢者では、睡眠の効率が悪くなりやすい。横になっていても、実際に眠っている時間が短くなったり、より深い眠りであるノンレム睡眠の割合が短くなる。六十歳を過ぎる頃から、夜間に目覚める回数が多くなる。これは、睡眠を維持する脳の働きが低下するためである。たとえば、睡眠を維持するメラトニンというホルモンの分泌が、高齢者では低下してしまう。

老人に起きるもう一つの変化は、体内時計のリズムが変わることである。夜九時頃に第二の覚醒のピークを迎えるサーカセメディアン・リズムが弱まり、睡眠相が早くやってくるようになることだ。早寝早起きになり、それがどんどん亢進してしまうこともある。

不眠の中身が、若い人とは違ってくるのである。その点を考慮せずに、睡眠薬などを闇雲に用いると、睡眠障害はさほど改善されず、足元がふらつくなどの副作用ばかりが出てしまう。転倒により骨折するといった重大な事態を引き起こすこともある。そうしたリスクも考慮して、良い睡眠のための生活習慣を実践することが、まず大切である。それについては、また後の章で述べたい



第六章 不眠症とそのタイプ

 代表的な四つの不眠パターン

睡眠障害には、さまざまなタイプがあり、対処の仕方もそれぞれ異なる。各タイプについて知っておくことが、問題の正しい見極めと対処につながる。

まず、不眠の代表的な四つのタイプを頭に入れよう。入眠困難、途中覚醒、早朝覚醒、熟眠障害の四つである。ただ、先の章でも述べたように、そうした状態があるからといって、即それが「病気」の「症状」というわけではない。誰でも、寝つきの悪い時や途中で、あるいは早朝に目が覚めることもある。

先の章でもみたように、自然状態の眠りにおいては、むしろ入眠に二時間くらいかかり、途中覚醒が二時間くらいあって、朝も早く目が覚めるということが普通なのである。横になるとすぐに眠れる状態は、睡眠負債を抱えた状態で、あまり理想的とは言えないのだ。そのことを、よく頭においてもらいたい。

その上で、睡眠負債や疲労が相当貯まっているはずなのに、寝つきが悪いとか、途中で何度も目が覚めるとか、夜明け前から目が覚めてしまうとか、眠りが浅く、疲れがとれないという場合に初めて、「症状」として考えた方が良い。



@ 眠ろうとしてから、必ず三十分以上かかる

入眠困難は、いわゆる不眠症にもっとも典型的な症状で、もっとも頻度が高いタイプである。寝つくのに苦労し、最低三十分以上、人によっては毎晩二時間以上、布団の中で悶々と過ごすのが当たり前になっている場合もある。ただし、その場合も、昼間眠っているとか、朝遅くまで眠っているなど、睡眠負債がわずかしかない場合には、何ら病的な症状ではない。

ずっと起きていて、体は疲れているのに、寝つけないというときに初めて、入眠困難があると言える。明らかにストレスとなる原因があって、一過性に寝つきが悪くなる場合も、あまり心配いらない。

ただ、慢性不眠症の人では、特別な原因もないのに、毎晩寝つくのに長時間かかるということが珍しくない。このタイプでは、眠ろうとするだけで、今夜はうまく眠れるか緊張してしまうという人が多い。



A 途中で何度も目が覚める

通常、一晩に二回以上目が覚める場合に、睡眠障害の症状である可能性を疑うが、年齢を考慮する必要がある。途中覚醒は、加齢とともに頻度が増える。六十歳以上の人では、一晩に二回程度目が覚めるのは、平均的である。またすぐ眠れれば、あまり問題ない。若い人でも途中覚醒が起きる場合には、精神的ストレスや飲酒の影響によることが多い。

悪夢や体動によって目覚めてしまうという場合もある。悪夢では、レム睡眠中断が起こりやすく、繰り返し悪夢を見るという場合には、レム睡眠に入ろうとしただけで、睡眠が中断してしまうというケースもある。心的外傷ストレス障害(PTSD)や重度のストレス、過労に伴ってみられやすい。

体動による場合は、手足が勝手に動くという場合と、むずむずしてじっとしていられない場合がある。



B 朝早く目が覚めてしまう

早朝覚醒は、一旦ぐっすり眠るものの、必要以上に早く目が覚め、それから眠れないタイプの不眠である。いつもより一二時間早く目覚める軽度なものから、夜中の二時三時に目が覚めてしまう重度なものまである。普段より二時間以上早く目が覚めた場合を、一つの基準とする。

早朝覚醒にも、原因によって、いくつかのタイプがある。一つはうつ病に伴うもので、徐波睡眠が短くなるために、早く目が覚めやすくなり、ぐっすり眠れないうちに、もう眠れなくなってしまう。特に中高年のうつ病に多い。

もう一つは、体内時計が早くずれることによるもので、睡眠時間自体の長さは変わらないのが特徴だ。高齢者に多い。

それに対して、ぐっすり眠ったと思ったら、まだ真夜中や明け方で、睡眠時間も短くなるという場合がある。この場合は、ノンレム睡眠(徐波睡眠を含む)の多い時間帯が終わったところで目覚めてしまい、浅く夢を見る眠りであるレム睡眠の減少を伴っている。気分が高揚しているときに起きやすい。躁状態がもっとも典型的だが、もっとマイルドなものは、重要なイベントを控えて気持ちが張っているときや、恋愛中にもみられる。

目が覚めても、できるだけ横になっておくのがいい。眠れないからといって、起きて活動すると、疲労が蓄積したり、病状を促進したりする原因になる。 



C 眠りが浅く、熟睡できない

一応眠れていても、睡眠が浅く、熟睡感がないというのも、よくみられる症状で、熟眠障害という。徐波睡眠が減少し、レム睡眠の割合が増えたときに、そうした感じを持ちやすい。夢ばかり見るとか、眠っているのか醒めているのかわからないということも多い。熟眠障害があると、眠っても疲労がとれないと感じることが多い。背景には、過覚醒状態があって、眠っている間も、大脳皮質が活発に活動を続けているという状態が推定される。



主観的症状は当てにならないことも

睡眠障害の診断では、まず本人の訴えが重要なのは言うまでもない。ただ、自分の睡眠のこととはいえ、なにしろ眠っているときのことなので、なかなか客観的に把握するのが難しい面があることも事実である。不眠症の人は、眠れないことを過剰に考えがちで、ときには、もう十日も一睡もしていないといった、あり得ないような訴えをすることもある。百二十二名の患者を対象に行われたある研究によると、患者が答えた、入眠にかかった時間の平均は、六十二分であったが、脳波で調べた入眠までの時間は、二十六分に過ぎなかった。二倍以上も大げさに答えていたことになる。

これは、オーバーだと非難すべきことというよりも、不眠症の人にとっては、それくらい苦痛に感じているということでもあり、また、自分の睡眠を客観的に把握するのは、それだけ難しいということでもある。まったく眠れなかったように思えても、脳波でみると眠っていたということも多いのである。

そうした点を見分けるため、睡眠障害の診断では、睡眠ポリグラフ検査が必須となっている。睡眠ポリグラフは、脳波や心電図、体の各部位の動き、酸素飽和濃度を記録するものである。

主観的症状だけでなく、客観的に観察できる症状にも注意を注ぐ必要がある。それを、次の項目で見てみよう。



こんなときも睡眠障害を疑え

「よく眠れない」ということで、いつも自分の睡眠に不満を感じている人がいる一方で、自分の睡眠障害に気づかない人も少なくない。睡眠障害は、「眠れない」とはっきり自覚されない形で起きる場合もある。昼間の疲れやすさや気力の低下、眠気という形でだけ現れることもある。人より睡眠が短くても、まったく心配ない人もいれば、人より多く眠っているのに、睡眠に問題を抱えている場合もある。また、子どもや若者では、睡眠障害があっても、「眠れない」ということを自分から言わないことも多い。
睡眠障害にともなってみられやすい状態を頭に入れておくことは、隠れた睡眠障害を発見し、問題を解決することにつながる。

@ 朝起きるのに苦労する
睡眠障害があると、よく見られる症状の一つは、朝がつらいということである。子どもや若者の場合には、親が毎朝起こすのに苦労しているという場合も多い。遅刻やずる休みもみられやすい。一晩眠ったはずなのに、疲れがとれない、朝から眠くてだるい、というのも、睡眠の質に問題があることを示唆する。

A あくびや居眠りが多い
日中のあくびが増えたり、すぐ居眠りをしてしまのも睡眠障害の徴候である。重度の睡眠障害がある場合には、通常なら緊張するような状況で居眠りしてしまうこともある。ある男性は、日中の眠気があり、ぼんやりしていて、蹴つまずき額に深い傷を負った。そのため、縫合処置が必要になったのだが、縫合処置を受けながら、鼾をかいて眠りこんでしまった。この男性には、閉塞性睡眠時無呼吸があった。

B 強いコーヒーを頻繁に飲む
睡眠障害がある人では、眠気覚ましにコーヒーなどの覚醒作用のある飲料に頼ることが多く、自然にその使用量が増える。しかし、コーヒーの過量摂取は、しばしば不眠の原因ともなり、悪循環を形成する。

C 夕方眠ってしまう
特別に普段より疲れることをしたわけでもないのに、仕事や学校から帰ったとき、あるいは、夕食後に眠ってしまうという場合にも、睡眠障害がひそんでいることがある。必要以上に朝早く目が覚めたり、途中覚醒が多いと、睡眠時間は十分とっていても、夕方の眠気となって表れやすい。

D 鼾がひどい
 これは、言わずと知れた閉塞性睡眠時無呼吸のときに、必発の症状である。無呼吸の状態が十秒以上続く場合には、強く疑われる。



 睡眠障害に随伴してみられやすい症状

 先にも見たように、睡眠障害には、広範囲な症状が伴いやすい。一見、睡眠とは直接関係ないように思えるものもあり、睡眠障害が原因と気づかないことも多い。うつや精神的なストレスによる状態、慢性疲労症候群と似ていて紛らわしいため、的外れな治療や詮索がなされることもある。ときには、認知症と見間違われることもある。睡眠障害にともなって現れやすい症状を、もう一度、ここで整理しておこう。

@ 常に疲労感があり、些細なことにも疲れやすい。
A 以前は興味のあったことも楽しめない
B 家族や友達とのかかわりが乏しくなる
C 集中力、記憶力、思考力が低下する
D ミスが増え、事故につながることもある。
E イライラしやすく怒りっぽくなる
F 自信や自己能力感が低下する



睡眠障害の診断

 睡眠障害の診断のためには、入眠困難、途中覚醒、早朝覚醒、日中の眠気や過眠傾向のいずれかの症状が認められることが必須である。しかも、それらの症状によって、著しい苦痛や生活上の支障を生じていることが、第二の要件である。また、それが他の身体疾患や精神疾患、薬物の影響によって起きていないことも、要件となる。

 どの程度の症状が認められた時、睡眠障害を疑う範疇に入るのかを示すために、具体的な診断の目安を、一覧表にして「睡眠障害チェックリスト」として掲げた。

必須症状のいずれかに該当し、随伴症状を伴っているとき、睡眠障害の可能性がある。ただし、その場合、後で述べるように、他の身体疾患や精神疾患によるものでないか見極めが重要である。

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